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大阪地方裁判所 平成3年(ヨ)2860号 決定 1991年12月06日

債権者

山内敏宏

債権者代理人弁護士

畑守人

右同

中川克己

右同

福島正

右同

松下守男

債務者

全日本建設運輸連帯労働組合関西地区生コン支部

右代表者執行委員長

武建一

債務者代理人弁護士

西川雅偉

(他二名)

右当事者間の頭書申立事件につき、当裁判所は、当事者双方を審尋のうえ審理した結果、次のとおり決定する。

主文

一  本件申立を却下する。

二  申立費用は債権者の負担とする。

理由

(申立の趣旨)

債務者は、その所属する組合員または第三者をして、債権者の肩書住所に存する居宅南東側出入口のインターフォンの存する位置を起点として半径五〇メートルを超えて半径二〇〇メートル以内において横断幕を掲げたり、滞留する行為をさせてはならない。

(当裁判所の判断)

一  事案の概要

1  当事者間に争いのない事実、(書証略)により疎明される事実は、以下のとおりである。

債権者は、灰孝小野田レミコン株式会社(灰孝会社)の代表取締役で、肩書住所地に妻明子、長男和宏、長女智子と共に居住するものであり、債務者は、生コン産業、運輸一般産業等で働く労働者で組織された労働組合で、灰孝会社の大津工場及び栗東工場の従業員のうちそれぞれ一八名及び四名が加入して債務者の大津分会及び栗東分会を結成している。

灰孝会社と債務者とは昭和六二年春頃から深刻な労使紛争状態となり、債務者の組合員が債権者ら自宅周辺を宣伝カーで巡回しスピーカーで演説するなどの行動を繰り返したことから、債権者らは、昭和六二年一〇月二七日に京都地方裁判所に対し違法行為差止請求仮処分を申請し、債権者らと債務者とは同年一二月八日に別紙1の内容で和解したが、債務者の組合員が平成二年一月一日に債権者らの自宅周辺において宣伝活動を行ったことから、債権者は平成二年一月二二日に右和解の間接強制を申立て、同年二月二一日に別紙2の内容の主文で決定がなされた。

その後も灰孝会社と債務者間の労使関係は正常化せず、債務者の組合員は、灰孝会社の本社など職場で債権者と面会し交渉することが果たせないため、平成二年一〇月七日以降、日曜日毎に債権者自宅前において、その所属組合員の解雇に抗議しその撤回や労使関係の正常化などを求めて横断幕を掲げて滞留するなどの行為を行ったことから、債権者は同年一一月二〇日に大阪地方裁判所に対し違法行為差止請求仮処分を申請し、平成三年五月九日に別紙3の内容の主文で決定がなされた。

2  その後の経過などについて、(書証略)及び審尋の全趣旨によれば、以下の事実が疎明される。

右平成三年五月九日付仮処分決定後、債務者は、依然として灰孝会社の本社など職場で債権者と面会し交渉することが果たせないことから、債権者に対し所属組合員の解雇の撤回と労使関係の正常化を求める意思を表明するため、債務者の組合員のうち数名が、平成三年五月一七日から同月二一日まで、別紙図面のA地点付近に宣伝車を停め、債権者宅の南方約八〇メートルの同図面のB地点(公園東側)付近に、「灰孝社長山内敏宏は8名の不当解雇を撤回し労使の正常化を図れ!!」と記載した横断幕(縦約〇・八m、横約三m)を掲げて滞留した。

同月二二日、その前日に近隣住民から右B地点に滞留されては迷惑である旨の苦情があったため、右図面のC地点付近(空き地横)に場所を移し、「灰孝山内社長は8名の不当解雇を撤回せよ!!」と記載した横断幕(縦約〇・八m、横約二m)を、その一方の端を空き地の杭にくくりつけ、他方の端を組合員が持つという形態で、三、四名の組合員が滞留した。なお、右空き地と道路との間には排水路があるので、右横断幕はその半分ほどが道路の幅四分の一あたりまではみ出す恰好になる。

その後、債務者の組合員は、同月二三日、二四日、二六日ないし二八日も、同様の行動をとった。

それ以降、債務者の組合員は、概ね日曜日毎に、午前中に二時間半から三時間程度、午後は一時間半から二時間程度と、右と同様の行動を行っている。

なお、債務者の組合員は、右滞留に際し、気勢をあげたり演説するようなことはなく、声高に雑談することもできるだけ控えるように心がけている。

以上の事実が疎明される。

3  また、(書証略)及び審尋の全趣旨によれば、近隣住民が債務者の組合員に対し違和感を抱き迷惑感情を有していること、中村博文宅においては右組合員の話などで騒がしいことがあり、自宅からの出入りに際し右組合員の目が気にかかり、また、組合員が滞留している間窓のカーテンを開くことができず、終始監視されているようで気持ちが休まらないと感じていること、債権者に対し近隣住民から苦情や非難が寄せられ、それにより債権者が困惑し苦痛を感じていることが一応認められる。

もっとも、債権者が主張するように、債務者が債権者の近隣住民に深刻な被害を与えることによって、右住民らをして債権者及びその家族を白眼視させて現在の住居に居たたまれなくさせようとするといったような主観的意図を有していることを認めるに足る疎明はない。

二  当裁判所の判断の要旨

1  債権者は、債務者の組合員の行為は、債権者の平穏な生活を妨害し、債権者やその家族に深刻な不快感や苦痛を与えるとともに、債権者の近隣住民に深刻な被害を与えることによって、右住民らをして債権者及びその家族を白眼視させて現在の住居に居たたまれなくさせ、会社が自己の要求を呑むことを余儀なくさせようとするもので、労働組合の正当な活動範囲を越え、一般的な表現、言論の自由の範囲をも逸脱するもので、債権者の人格権の一内容としての個人の生活の平穏、行動の自由などの生活上の利益を社会通念上受忍限度を超えて侵害する違法なものであると主張する。

本件は、右主張にも表れているように、労働組合活動並びに表現の自由と、私生活の平穏などを内容とする人格権との利益調整の場面である。しかるところ、労使関係の問題は本来的に職場領域に属するものであるから、労働組合活動が会社経営者の私生活の領域においてなされるときには、その活動は労働組合活動であるゆえをもって正当化されるものとはならない。しかしながら、経営者の私生活の領域においてなされる労働組合活動がすべて違法で許されないというわけではなく、それが表現の自由の行使として相当性の範囲内にあり、人格権の侵害の程度が受忍限度を超えるものとはいえないときは、表現の自由の行使として認容されることはいうまでもない。

2  債務者の行為の目的、方法、態様などについて

債務者の組合員の行為は右で一応認定したとおりであり、その行為の目的は、灰孝会社と債務者とがここ数年深刻な労使紛争状態にあり、債務者が灰孝会社の本社など職場で債権者と面接し交渉することが果たせないことから、債権者に対しその抗議の意思を表明することにあること、その時間帯は概ね日曜日毎に午前中は二時間半から三時間程度、午後は一時間半から二時間程度であること、その態様は、債務者の組合員三、四名が横断幕を掲げて佇立するというもので、気勢を挙げたり演説をしたりすることはないこと、横断幕の記載は債権者を非難しその名誉を侵害するといった内容のものではなく、その掲示の形態も道路にある程度かかるといったもので人や車の通行を困難にするといったものでもないこと、右組合員は滞留に際し声高な雑談などを控えるように心がけているが、近隣住民は右組合員の話し声などを騒がしく感じることもあり、また、監視されているようにも感じていることが疎明される。もっとも、債権者が主張するように債務者が債権者の近隣住民に深刻な被害を与えることによって、右住民らをして債権者及びその家族を白眼視させて現在の住居に居たたまれなくさせようとするといったような主観的意図を有していることを認めるに足る疎明はない。

右によれば、債務者の組合員の行為は、近隣住民に対する配慮が十二分に実現されていないきらいがあるものの、その目的、方法、態様において表現の自由の行使として相当性の範囲を逸脱するものとはいえない。

3  直接有形的に受ける私生活の平穏または行動の自由の侵害

右で一応認定したところによれば、債権者は、横断幕が自宅から見通せる箇所に設置されていることから気に障り、また、債務者の組合員の滞留場所付近を通行することがはばかられるという制約は受けるものの、それ以上に、債務者の組合員の行為により、喧騒音による被害を受けたり、自宅の出入りや通行が妨害されることもないから、債権者またはその家族が直接有形的に受ける私生活の平穏または行動の自由の侵害はさほどないというのが相当である。

4  結論

債権者は人格権の侵害を理由として債務者の行為の差止を求めているところ、以上のとおり、債務者の行為は、その目的、方法、態様において表現の自由の行使として相当性の範囲を逸脱するものとはいえず、債権者が被る私生活の平穏または行動の自由の侵害の程度については直接有形的なものはさほどではないといえる。そして、債権者の主張する近隣住民らにより白眼視され債権者及びその家族が現在の住居に居たたまれなくさせられるという面について疎明される事実は、債務者の組合員の行為により近隣住民から債権者に対し非難や苦情が寄せられ債権者が困惑し苦痛を感じているというものであり、この面で債権者の受ける被害は差止請求権の行使を認めうる程度に具体化しているものとはいえないし、そもそも、かような被害が私生活の平穏ないしは人格権の範疇に入り差止請求権の保護権利としての適格性を有するかも疑問がないわけではない。

以上を総合すると、債権者の人格権などの侵害の程度は、差止請求を認容する程度に受忍限度を超えているものとはいえないか、少なくとも債権者に生ずる著しい損害または急迫の危険を避けるためこれを必要とするものとはいえないから、債務者の行為の差止請求は、被保全権利の存在が認められないか、少なくとも保全の必要性があるものとはいえない。

(裁判官 田中寿生)

別紙1

一 被申請人は、その所属する組合員又は第三者をして、申請人らの肩書住所に存する居宅付近において、宣伝車を停車させたり立止まったりして拡声装置を用いるなどして演説させてはならない。

二 被申請人は、その所属する組合員又は第三者をして、申請人らの肩書住所に存する居宅付近において、宣伝車を走行させながら演説する場合は、前記申請人らの居宅周辺を一日当たり二往復又は四往復を超えて通過してはならない。

三 被申請人は、前項の演説を行う場合において、申請人らが「被告人」であるなどとの申請人らの名誉を毀損するような表現をしてはならない。

四 被申請人は、第二項の演説を行う場合に、申請人らの平穏な生活を不当に妨害しないよう音量その他について配慮しなければならない。

別紙2

相手方は、その所属する組合員又は第三者をして、申立人らの肩書住所に存する居宅付近において、宣伝車を停車させたり立止まったりして、拡声装置を用いるなどして演説させてはならない。

相手方においてこの決定の告知を受けた日以後に前項の不作為義務に違反したときには、相手方は、申立人らそれぞれに対し、前項の不作為義務に違反した日数一日につき金三万円の割合による金員を支払え。

別紙3

申請人らが被申請人に対し各金五〇万円ずつの保証を立てることを条件として、被申請人は、その所属する組合員又は第三者をして、申請人らの肩書住所に存する各居宅の、申請人山内康正については南側出入口の門を閉門したときの両門扉の接点を起点として、申請人山内敏宏については南東側出入口のインターフォンの存する位置を起点としていずれも半径五〇メートル以内において、申請人またはその家族に面会を強要したり、居宅の塀に横断幕をかけたり、横断幕を掲げたり、滞留する行為をさせてはならない。

別紙図面(略)

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